弁護士の沼倉です。
当事務所のコラム「Think Time!」の第1回では、労働問題に関連して、建設業の社会保険未加入問題について取り扱います。
1 建設業界における社会保険未加入問題
ご存じの方もおられるとおり、建設業界では、労働者の待遇が他の業界と比べても悪いと言われてきました。特に、健康保険、厚生年金保険及び雇用保険(以下、総称して「社会保険」といいます。)の加入率は低く、平成24年の調査で、上記3保険の1つ以上に未加入である企業は全体の13%、労働者に至っては42%にも及んでいました[1]。
しかし、そのような待遇の悪さは若年労働者にとって建設業界への就職の妨げとなっており、これを放置すれば業界の衰退に直結します。また、社会保険料を適正に負担している企業に比べて、これを怠っている企業が安い価格で工事を受注しているとすれば、不公正な競争状態と言わざるを得ません。
そこで、満を持して国土交通省が乗り出したのが、今回の社会保険未加入対策です。
2 社会保険未加入の労働者は建設現場に出られない
国土交通省は、平成24年に「社会保険の加入に関する下請指導ガイドライン」を策定し、建設工事の元請業者に対し、概ね下記の対策を行うように求めました。
記
・ 協力会社の社会保険加入状況について定期的に把握を行うこと
・ 協力会社組織を通じた社会保険の周知啓発や加入勧奨を行うこと
・ 適正に加入していない協力会社が判明した場合には、早期に加入手続を進めるよう指導すること
・ 社会保険の未加入企業が二次や三次等の下請企業に多くみられる現状にかんがみ、協力会社から再下請企業に対してもこれらの取組みを行うよう指導すること
・ 下請契約に先立って、選定の候補となる建設企業について社会保険の加入状況を確認し、未加入である場合には、早期に加入手続を進めるよう指導を行うこと。遅くとも平成29年度以降においては、健康保険、厚生年金保険、雇用保険の全部又は一部について、適用除外でないにもかかわらず未加入である建設企業は、下請企業として選定しないこと。
・ 施工現場への新規入場者の受け入れに際して、各作業員について作業員名簿の社会保険欄を確認し、未加入の者がいる場合には作業員名簿を作成した下請企業に対し、作業員を適切な保険に加入させるよう指導すること。遅くとも平成29年度以降においては、適切な保険に加入していることを確認できない作業員については、元請企業は特段の理由がない限り現場入場を認めないこと。
上記のとおり、遅くとも平成29年度以降、社会保険に未加入の建設企業は下請企業として選定されず、社会保険への加入が認められない作業員は施工現場に入場することができなくなるものと思われます。また、報道を見る限り、既に平成29年度以降を見据えた試行的な実施が始まっており、建設企業にとって社会保険未加入問題に対する対処は急務であるといえます。
3 これからの建設業界に求められる労務管理について
上記の対策の結果、社会保険加入企業は限りなく100%に近付いていくものと思われます。また、社会保険に加入している労働者の割合も近年大きく向上しています。長年、製造業などと比べても社会保険加入率が低かった建設業界において、「社会保険に加入するのは当たり前」と言われる日が近付きつつあると言えるでしょう。
これによって次に生じてくるのは、労働者側の待遇に対する意識の向上です。まして、他の業界以上に人手不足が叫ばれている建設業界では、今後、待遇について労働者側から改善要求を受ける、あるいは待遇への不満を理由に人が辞めていくといったことが増えていくものと思われます。
そのような状況下で労務問題を巡る労使間のトラブルも増加していくことが考えられます。
例えば、あなたの会社では、労働災害が生じたとき、労災保険を適正に使用しているでしょうか。また、法定時間外労働に対する残業代を適切に支払っているでしょうか。
社会保険未加入問題が収束した後に来る労使間の問題について、今から備えを始めることをお勧めします。
[1] 公共事業労務費調査(平成24年10月調査)